< マルコの福音書 14 >

1 第四項 イエズスの受難の預備 然て過越と無酵麪との祝、最早二日の後にあるべければ、司祭長律法學士等、如何に詭りてかイエズスを捕へ且殺すべき、と相謀りたりしが、 2 「祝日には之を為すべからず、恐くは人民の中に騒動起らん」と云ひ居たり。 3 イエズスベタニアに在りて、癩病者シモンの家にて食卓に就き給へるに、一人の女、價高き穂ナルドの香油を盛りたる器を持ちて來り、其器を破りて彼が頭に注ぎしかば、 4 或人々心に憤りて、何の為に香油を斯は費したるぞ、 5 此香油は三百デナリオ以上に売りて、貧者に施し得たりしものを、と云ひて、身顫しつつ此女を怒りたるに、 6 イエズス曰ひけるは、此女を措け、何ぞ之を累はすや。彼は我に善業を為ししなり。 7 其は貧者は常に汝等の中に在れば、随時に之を恵むことを得べけれど、我は常に汝等の中に居らざればなり。 8 此女は、其力の限を為して、葬の為に預め我身に油を注ぎたるなり。 9 我誠に汝等に告ぐ、全世界何處にもあれ、福音の宣傳へられん處には、此女の為しし事も其記念として語らるべし、と。 10 時に十二人の一人なるイスカリオテのユダ、イエズスを司祭長等に売らんとて、彼等の許に至りしが、 11 彼等之を聞きて喜び、金を與へんと約せしかば、ユダ如何にして機好くイエズスを付さんかと、企み居たり。 12 斯て無酵麪の祝の首の日、即過越[の羔]を屠る日、弟子等イエズスに向ひ、我等が何處に往きて過越の食を汝の為に備へん事を欲し給ふか、と云ひしかば、 13 イエズス二人の弟子を遣はすとて、是に曰ひけるは、市に行け、然らば水瓶を肩にせる人汝等に遇はん、其後に從ひて行き、 14 何處にもあれ、彼が入る家の主に向ひて云へ、師曰く、我が弟子と共に過越を食すべき席は何處なるぞ、と。 15 然らば、彼既に整えたる大なる高間を汝等に示さん、其處にて我等の為に備へよ、と。 16 弟子等出でて市に至りしに、遇ふ所イエズスの曰ひし如くなりしかば、食事の準備を為せり。 17 夕暮に及びて、イエズス十二人と共に至り、 18 一同席に着きて食しつつあるに、イエズス曰ひけるは、我誠に汝等に告ぐ、汝等の中一人、我と共に食するもの、我を付さんとす、と。 19 彼等憂ひて、各我なるかと云出でしに、 20 イエズス彼等に曰ひけるは、十二人の一人にして、我と共に手を鉢に着くるもの、即是なり。 21 抑人の子は、己に就きて録されたる如く逝くと雖、人の子を付す者は禍なる哉、此人生れざりしならば、寧其身に取りて善かりしものを、と。 22 弟子等の食するに、イエズス麪を取り、祝して之を擘き、彼等に與へて曰ひけるは、取れよ汝等、是我體なり、と。 23 又杯を取り、謝して彼等に與へ給ひ、皆之を以て飲みしが、 24 イエズス彼等に曰ひけるは、是衆人の為に流さるべき新約の我血なり。 25 我誠に汝等に告ぐ、神の國にて、汝等と共に新なるものを飲まん日までは、我今より復此葡萄の液を飲まじ、と。 26 斯て賛美歌を誦へ畢り、彼等橄欖山に出行きしが、 27 イエズス曰ひけるは、汝等皆今夜我に就きて躓かん、其は録して「我牧者を撃たん、斯て羊散らされん」とあればなり、 28 然れど我復活したる後、汝等に先だちてガリレアに往かん、と。 29 ペトロイエズスに向ひ、假令皆汝に就きて躓くとも、我は然らず、と云へるを、 30 イエズス曰ひけるは、我誠に汝に告ぐ、汝、今日今夜、鶏二次鳴く前に、必ず三次我を否まん、と。 31 彼尚言張りて、假令汝と共に死すとも、我は汝を否まじ、と云ひければ、一同も亦齊しく云ひ居たり。 32 第五項 イエズスの御受難 彼等ゲッセマニと云へる田舎家に至るや、イエズス弟子等に向ひ、我が祈る間、汝等此處に坐せよ、と曰ひて、 33 ペトロとヤコボとヨハネとを随へ行き給ひしに、畏れ且忍びがたくなりて、 34 彼等に曰ひけるは、我魂死ぬばかりに憂ふ。汝等此處に留りて醒めて在れ、と。 35 斯て少しく進みて、地に平伏し、叶ふべくば己より此時の去らん事を祈り給ひしが、 36 又曰ひけるは、アバ、父よ、汝は総て能はざる事なし、此杯を我より去らしめ給へ、然れど我が思ふ所の如くにはあらで、思召す儘なれかし、と。 37 斯て來り給ひて、弟子等の眠れるを見、ペトロに曰ひけるは、シモン汝眠れるか、我と共に一時間を醒め居る能はざりしか。 38 汝等誘惑に入らざらん為に醒めて祈れ、精神は逸れども肉身は弱し、と。 39 復往きて、同じ詞を以て祈り給ひしが、 40 復返りて弟子等の眠れるを見給へり。蓋彼等の目疲れて、イエズスに如何に答ふべきかを知らざりしなり。 41 三度目に來りて彼等に曰ひけるは、今は早眠りて息め、事足れり、時は來れり、今や人の子罪人の手に付されんとす、 42 起きよ、我等往かん、すは我を付さんとするもの近づけり、と。 43 イエズス尚語り給ふに、十二人の一人なるイスカリオテのユダ來り、司祭長律法學士長老等の許より來れる夥しき群衆剣棒などを持ちて之に伴へり。 44 イエズスを売りたる者、曾て彼等に合圖を與へて、我が接吻する所の人其なり、捕へて確と引行け、と云ひいたりしが、 45 來りて直にイエズスに近づき、ラビ安かれ、と云ひて接吻せしかば、 46 彼等イエズスに手を掛けて、之を捕へたり。 47 側に立てる者の一人、剣を抜き、大司祭の僕を撃ちて其耳を切落ししが、 48 イエズス答へて群衆に曰ひけるは、汝等強盗に[向ふ]如く、剣と棒とを持ちて我を捕へに出來りしか、 49 我日々に[神]殿に於て、汝等の中に在りて教へたりしに、汝等我を捕へざりき。但是[聖]書の成就せん為なり、と。 50 時に、弟子等彼を舍きて、皆遁去れり。 51 一人の青年肌に広布を纏ひたる儘イエズスに從ひたりしが、人々之をも捕へしかば、 52 広布を抛棄て、裸にて逃れ去れり。 53 斯て彼等、イエズスを大司祭の許に引行きしに、司祭律法學士長老等、皆此處に集りしが、 54 ペトロ遥にイエズスに從ひて、大司祭の中庭までも入込み、僕等と共に坐して火に燠り居れり。 55 大司祭等及議會挙りて、イエズスを死に付さんとし、之が證據を求むれども、得ざりき。 56 蓋數多の人、彼に對して僞證すれども、其證據一致せず、 57 又或者等起ちて彼に對して僞證し、 58 彼は手にて造れるこの[神]殿を毀ち、三日の中に別に手にて造らざるものを建てんと云へるを、我等聞けり、と云ひしも、 59 彼等の證言一致せざりき。 60 大司祭眞中に立上り、イエズスに問ひて、彼等より咎めらるる所に對して、汝は何事をも答へざるか、と云ひたれど、 61 イエズス黙然として、一言も答へ給はず、大司祭再問ひて、汝は祝すべき神の子キリストなるか、と云ひしかば、 62 イエズス是に曰ひけるは、然り、而して汝等、人の子が全能に在す神の右に坐して、空の雲に乗り來るを見ん、と。 63 茲に於て大司祭己が衣服を裂き、我等何ぞ尚證人を求めんや。 64 汝等は冒涜の言を聞けり。之を如何に思へるぞ、と云ひしに一同、イエズスの罪死に當ると定めたり。 65 斯て或者等はイエズスに唾し、御顔を覆ひ、預言せよ、と云ひて、拳にて撃ちなどし始め、僕等は平手にて之を打ち居たり。 66 然てペトロは下なる庭に居りしが、大司祭の下女の一人來りて、 67 ペトロの火に燠れるを見しかば、之を熟視めて、汝もナザレトのイエズスと共に在りき、と云ひたるに、 68 彼否みて、我は知らず、汝の云ふ所を解せず、と云ひしが、軈て庭の前に出行きしに、鶏鳴けり。 69 又或下女彼を見て、側に立てる人々に向ひ、此人は彼等の徒なり、と云出でけるを、 70 ペトロ又否めり。暫時ありて、傍に立てる人々又ペトロに向ひ、汝は實に彼等の徒なり、齊しくガリレア人なれば、と云ひしかば、 71 ペトロ詛ひ且誓出でて、我汝等の云へる彼人を知らず、と云ひしが、 72 忽鶏二次鳴けり。斯てペトロ、鶏二次鳴く前に汝三次我を否まん、とイエズスの曰ひたりし御言を思出でて、泣出せり。

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